HSCだった私①

今年になってHSPだとわかり、子供時代のことを色々と振り返りました。
幼い頃から刺激に敏感で、育てにくい子供だったようです。

母が働いていたため0歳から保育園へ行きました。
しかし、環境に馴染めずあまり良い思い出がありません。
今回は保育園時代の困ったことを書きます。
同じようにHSCの子供を持つ方、HSCやHSPの方の参考になれば幸いです。

①昼寝ができない

2歳の終わりから記憶があるのですが、保育園で昼寝ができませんでした。
私にとって落ち着ける環境ではなったからです。
昼寝の間は、じっと横になって動かず我慢していました。
ホールの高い天井を今でも思い出します。
先生が添い寝に来た時は、目を瞑って全力で寝たふりです。


大人になって人に話すと、そんな人は1人もいませんでした。
小さな頃から人に合わせていたみたいです。

②運動会のピストルの音に驚き、スタートできない

徒競走のピストルの音が苦手で、耳を塞いでうずくまっていました。
当然勝つことはできず、いつも負けです。
徒競走すらまともにできないのかと、すごく悔しかったです。

園庭は狭かったのでピストルとスタート地点の位置が近く、余計に音が大きく響きました。
一度驚いてからは「よーい」の合図で手を使って両耳を塞いで防御。
それでも音に驚いて固まり、しばらくスタートできないのです。
心臓は不自然なほど脈打ち、全身が熱くなってから急速に冷えました。


演劇などで役者がピストルを持つと、今でも反射的に両手で耳を塞ぎます。
突然の大きな音は、わかっていても怖いです。

③1人になりたくて登り棒の上に避難

登り棒の上り方を教えて貰った日から、1人になりたい時は登り棒の上にいました。
1人で登れる子は少なかったので、静かにのんびりできました。


先生が心配して、遠くから見守ってくれていたみたいです。
その時は気づかず、1人になれてほっとしていました。
登り棒の上から見た夕焼けは、今でも鮮明に記憶に残っています。

④肩に触られるのがダメで、電車ごっこができない

肩に手を置くタイプの電車ごっこに参加できませんでした。
腰もくすぐったいのでNGでした。
参加したい場合は、迷わずに一番後ろです。

大人になった今も、肩に触られると鳥肌が立ちます。
感覚が過敏なので、肩を組むことも腕を組むこともできません。
手を繋ぐのは大丈夫です。

⑤味覚が敏感で好き嫌いが多い

保育園では全部食べないと、ホールで居残りさせられました。
私は好き嫌いが多かったので、いつも居残りです。
生の玉葱が辛くて食べられず、最後の1人まで残った記憶が鮮明に残っています。

お菓子にも好き嫌いがあり、嫌いなお菓子は絶対に食べませんでした。
子供なのに甘いものが苦手で、誕生会で出されたケーキは1人だけ残していました。

⑥必ずバス酔いするのに、酔い止めが甘すぎて飲めない

子供用の酔い止め薬は甘く、飲むのがきつかったです。
最初は吐き気を堪えて飲んでいたのですが、途中から親に内緒でトイレに捨てていました。
薬品特有の不自然な味が感じ取れたので、どうしても飲めませんでした。


当然、毎回激しくバス酔いしました。
何度も車内で吐いたことがあります。

⑦怖がりすぎて肝試しに参加できない

ものすごく怖がりだったので、肝試しは毎回不参加できた。
無理に強要されなくてよかったです。
肝試しというより、突然驚かされるのが苦手です。


遊園地などでお金を払って、怖い思いをする理由がよくわかりませんでした。
大人になってからは、理解できるようになりましたが。
子供の頃はずっと疑問でした。

⑧いつも人目を気にして自由に振る舞えない

ある日、保育園についてカバンを開けると中からゴキブリが出てきました。
その時私が考えたのは、誰かに見られてないかでした。


ゴキブリが怖いとか汚いとか、そんなことを気にする前に周囲を見回しました。
皆、別のことに夢中でこちらには気づかず、ゴキブリは空いた窓から出て行きました。
それを見て私はとてもほっとしました。


ゴキブリがカバンから出たことで、皆に嫌われるのが怖かったのです。
こんな風にいつも人目を気にする子供でした。

⑨何か嫌なことがあると2週間保育園に行かない

細かい理由は覚えていないですが、嫌なことがあると2週間保育園に行きませんでした。
親はなんとか私を連れて行こうとしましたが、機嫌が直るまで毎回2週間かかったみたいです。


保育園児の2週間は長いです。
本当に疲れて限界だったのだと思います。
休んでいる間は、祖母の家に預けられたり、父の職場に遊びに行ったりしました。
行ける場所があってよかったです。

⑩先生にプールに沈められ、3年間保育園のプールに入れない

3歳の時に先生にプールに沈められました。
悪気はなかったのでしょうが、自分の予期せぬタイミングだったので、すごく怖かったです。


鼻から水が入って、頭が痺れたことを覚えています。
それ以来、私は保育園ではプールに入れませんでした。
次の年も、その次の年も無理でした。
結局卒園まで一度もプールには入らず。


皆がプールで泳ぐのを見ながら、浅いゴムのプールの中に座っていたのを覚えています。
家族と遊びに行った遊園地のプールや市営プールには普通に入れました。
そこには怖い先生はいなかったので。

⑪早生まれで何をやっても人よりできない

これはHSPとは関係ないのですが、早生まれなので人よりできなくて苦労しました。
特に小さい頃の月齢の差は大きく、頑張ってもどうにもなりませんでした。
毎回母が先生に呼ばれ、何か言われていたのを覚えています。
クラスで3人ボタンをかけられてない子がいると、その1人が私です。


人より成長が遅いせいか、女の子たちとは話が合わず、男の子たちと遊ぶ方が気楽でした。
今でも思い出せるのは男の子の名前ばかり。
女の子で思い出せるのは、私に意地悪をした子だけです。

⑪理不尽な理由で先生に怒られる

上気の数々の困り事が原因なのか、先生から理不尽な理由で怒られることがありました。
2月の始め教室で鬼のお面を作っていた時、先生の指示通りできなくて怒られました。
鉛筆に紙を巻き付けて、鬼の巻き毛を作っていたのですが、どうしてもできませんでした。


「なんでできないの?」と先生は私を怒鳴りました。
突然の大きな怒鳴り声。
驚いて固まったのを覚えています。


できなくて困っていたのに、追い打ちをかけるような台詞。
しかも周囲に他の子もいたので、すごく恥ずかしかったです。
大人になっても節分になると思い出します。

まとめ

HSPの特性と早生まれが重なり、保育園生活は私にとって辛いものでした。
幼稚園に行ける子が本当に羨ましかったです。
幼稚園なら早く終わって家に帰れるので。

HSP気質を持った私には、静かな環境と1人になれる時間が必要でした。
しかし保育園でそれらを確保することは、とても難しかったです。

延長保育で子供の数が少なくなり、園内が薄暗くなると元気になりました。
ようやく落ち着いて遊べるからです。

HSPについて正しい認知が広まり、私のような子供が少しでも生きやすくなると良いです。






投稿者: あおい

HSS型HSPのあおいです。 好奇心旺盛で多趣味です。 現在ピアノにハマっています。

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